柴野貞夫時事問題研究会 本文へジャンプ

(韓国 ハンギョレ紙   2007年12月21日付社説)



http://www.hani.co.kr/arti/opinion/editorial/258537.html

 

 

ハンナラ党は、戒厳軍になろうとするのか?!

 

 

 

 

○ ‘左派政権の痕跡を剥がす、左派摘出手術をする’というハンナラ党

 

○  ハンナラ党は、(軍事独裁時代の)戒厳軍のまねをするな!

 

○    李明博は、潔く特別検察捜査を受けよ

              

(小見出しは、本文中より訳者による)

                      

 

昨日、ハンナラ党・院内対策会議で、イ・パンホ事務総長が“中傷宣伝の主犯に対しては最後まで追跡して、永遠に政治権(圏)から退出させなければならない。”と語った。選挙過程のネガチブ攻勢を批判しながら言った言葉だ。彼の言うように、根拠の無いネガチブ攻勢は、政策の対決を妨げて国民を幻惑させるもので、当然消えなければならない。正当な検証とも区別しなければならない。

しかし、‘イ・ミョンパク(李明博)特検法’の発効を目前にした今、‘主敵’とか‘退出’を言及することが、そんな純粋な意味のようではない。むしろ、‘政治報復’を予告する話として聞こえる。同じ話がひき続いて出ていたりする。

 

 

この日の会議でも、アン・サンス院内代表は、特検の捜査結果が無嫌疑として出てくれば大統合民主新党(ノ・ムヒョン与党ー訳注)が、責任を取らねばならないのだと語った。脅し文句となっているのだ。(大統領)選挙日であった去る19日、(ハンナラ党の勝利を前に)主要党職者の会議では、一人の党職者が“いまから、左派政権が遺して置いた痕跡を、一つずつ剥がし出す、左派摘出手術をする。”と語ったあとで、急いで取り消したことがあった。イ・ミョンパク大統領当選者が“謙虚になる”“与野党は、敵ではない”と、頭を低くした後ろ側で、こんな薄気味悪い言葉が零れ落ちている。

 

 

こんな発言には 直ぐ発効される‘イ・ミョンパク特検法’に対する、負担感が下敷きになっているものと見える。実際、ハンナラ党は選挙が終わった直後から特検法に対する拒否感を露骨的にだした。イ(李)当選者が一昨日、‘特検を提議した人々の責任’を言及した後には、党職者たちが先を争って大統領の拒否権行使や廃棄法案の準備を主張して、のりだした。

 

 

はじめ、ハンナラ党の源泉封鎖で閉じ込められた特検法が通過することが出来たのは、2000年10月当時の動画の公開で、嘘つきと言う指摘を受けることとなったイ・ミョンパク当選者が、特検受け入れ側として急旋回したためだ。

イ当選者の圧勝では、このとき堂々たる姿を見せたのも一役買ったからだ。今選挙が終わったといって特検を止めようすれば、状況にしたがって言葉を変えるという非難を、避けることは出来ないことに為る。余計な、卑劣な言葉とごり押しは、‘何か、胸を張れない事があって、そうなるのではないか?’と言う疑心を買うだけだ。

 

 

ハンナラ党は、(イ・ミンパク大統領当選者に対する特検捜査を)貧乏たらしく避けようとすることより、堂々と特検調査に協力することが道理だ。相当数の国民が(イ・ミョンパク株価操作犯罪のー訳注)BBK事件に対する検察の捜査を信じることが出来ないと、とうに発覚しているものに、やたら、‘国民の意思’を掲げ‘特検法廃棄’を主張するのはだめだ。恐ろしい戒厳軍のまねをすることは、なお一層だめだ。  (訳 柴野貞夫)


解説

 

ハンギョレの21日付社説‘ハンナラ党は、戒厳軍になろうとするのか?’は、韓国社会が、参与政府の与党の敗北と、軍事独裁時代の軍政与党の勝利によって、87年6月抗争が手に入れた形式民主主義の獲得物を、損ねかねない危険性をどこかに内包していることを指摘している。内外の各紙の多くが、政治権力の10年ぶりの保守政権への移行は、国民が、「この20年間の中で自国の政治制度の民主主義的課題を乗り越え、経済に関心を向けたことが、与党の敗北に繋がった。」と、韓国の、民主主義の定着と成熟を論評するが、現実はそうではない。

 

韓国憲法に超然と立ち思想に刑罰を科す国家保安法の存在、制約された労働三権と、労働運動を罰金と刑事罰で取り締まりの対象と考える労働法規によって労働者が支配される社会を、民主主義の成熟社会と呼ぶことはできない。保守派が言う、ノ・ムヒョン「左翼政権」は、この労働者階級の権利を制約する諸法規を、解体することは出来なかった。韓国の「ホワイトカラー」と「中産階級」が自国に「民主主義」があると考えるのは結構だが、それは、労働者階級の権利の否定の上に存在する中産階級の「民主主義」に過ぎない。

 

例えば、1988年6月抗争の中で生まれた「経済正義実践市民連合(経実連)」は、資本主義的な「市民民主主義体制」を前提とした<公正な社会>をめざしたが、「市民」が、資本と立ち向かう労働の利害を支持する側に立たなくて、どうしてそのような<公正な社会>が出来ると言うのか。すでにこの組織は自己分解した。

 

08年2月25日には、国会議員のなかに軍事独裁時代の下手人、政治家、軍人、情報機関幹部を今も多く抱えるハンナラ党が、国家権力を掌握するからといって、過去の軍事政権が復活するわけではない。しかし、現実の「民主主義国家日本」が、国家と資本家の非人間的支配体制を維持するため、国民を国家の軍事化と警察化の受容へ動員しつつあることをみるとき、韓国の保守ハンナラ政権と資本化階級が、2極分化した不安定社会を、労働者民衆への軍事・警察的暴力で乗り切ろうとする可能性は、日本以上に存在する。そしてそれは、日本資本主義社会の明日の姿でもある。

 

1988年5月、「権力と資本からの独立」を理念として出発した「ハンギョレ」紙は、この稿において、生々しく、イ・ミョンパク当選者とハンナラ党内の、軍事独裁的政治風土を引きずる、民衆に対する危険な暴力的支配の思想を糾弾している。ハンナラ党は、権力を手中にするのを前にして、自らの犯罪行為を指摘する民衆の代弁人たちを脅迫しているのである、イ・ミョンパクの犯罪が、「特別検察官」によってどこまで明らかになるかは、予断を許さない。

  

 

 

この稿に関連した、当サイトの記事を以下に紹介します。

 

○ 世界を見る→世界の新聞から

①   イ・ミョンパクの道谷洞の土地疑惑

②   国家保安法を廃止しない韓半島の平和は矛盾

 


○ 世界を見る→最新の世界情勢を分析する


① ノ・ムヒョン参与政権の検証